ドラッグストアに行けば何かが変わると思った。
花畑菜摘(ハナバタケナツミ)は足掻いていた。
現代の奴隷船ともいうべき箱に、今日も今日とて人間が詰め込まれる。毎朝毎朝、約一時間もの間すし詰めにされる。朝7時半頃に乗る”苗畑都市線(ナエハタトシセン)”はまさに地獄だった。
「ゥゥ……痛い……」
足を踏まれている。否、相手も踏みたくて踏んでいるのではないだろう。なにせスマホすら手に持つことを許されない空間だ。手をポケットに突っ込もうなら、前後左右の人に迷惑がかかる。目の前にいる人に息が吹きかかるんじゃないかと思うと、満足に呼吸もできない。この場ではまともな生命活動が許されていない。そして、花畑が訴える痛みは踏まれた足だけではなかった。
「まずい。今日もお腹が……っ」
きゅぅ〜っとお腹が痛むのを感じた。じわじわと脂汗が湧いてくる。痛みで顔から血の気が引いていく。まずい。こんな奴隷船でしくじったら、奴隷たちからどんな目で見られるか。嫁入り前の華の24歳、絶対に負けられない。
花畑は一秒でも早く次の駅に着かないかと奴隷船に願った。幸い、”苗畑都市線”は駅と駅の間がそこまで遠くない。そうだ、すぐに着く。そうしたら、一気に飛び出してでもトイレに駆け込む。大丈夫、次の駅のトイレの場所は把握済みだ。
「四軒茶屋〜四軒茶屋」
停車した。今だ!
花畑は開幕ダッシュを決めようと身体をよじる。う、だめだ、周りに動く気配がない!なんだ!ふざけるな私は降りたいんだ!だめお願い!降ろして!!
「すみません!!降ろしてください!!あの!!やばあの、漏れます!!出ます!!」
花畑が身体をよじっても微動だにしなかった有象無象が一気に離れていく。周囲の奴隷が花畑の覇気に圧倒された。真っ青な顔で花畑は一気に飛び出した。大丈夫、この程度の刺激では、まだ出たりはしない。
「危なかった……。はあ今日も電車を降りちゃった……どうしていつもいつもこうなっちゃうんだろう」
花畑は毎朝、会社には遅れないようにトイレタイムを考慮した時間に家を出ている。おかげであと一回分は残機が残っている。
「はぁ。もうこんな私、嫌だな。私だって整腸したい」
公衆トイレに響く嘆き。しかしその声は誰にも届かず、水と一緒に流されていった。
整腸したい。でも、花畑にはどうすればいいかわからなかった。
「あれ、こんなとこにドラッグストアなんてあったっけ」
会社の前の大きな通りに、見慣れないドラッグストアがあった。いや、いつも焦って出勤しているから気づかなかっただけかもしれない。
「もしかしたらここに整腸するヒントがあるかも……」
花畑は藁をも掴む思いで、ドラッグストアに入った。
薬コーナーを探したが、専門家ではない花畑にはどれを使えば整腸できるのかわからなかった。お店を見渡すと、店員がひとりしかいない。とりあえず、その店員に尋ねることにした。
「あ、あの……」
「ァァ……」
なにやら様子がおかしい。俯きがちで、顔が青ざめている。店員の目線の先へ、花畑も目線を落とすと、一冊の本がレジ横に置いてあった。
「整腸ジャーニー? 整腸のハードルを下げ、腸内環境の充実を研究する……」
目線を上げると、店員がハァハァと苦しそうに息をしていた。ひねりなしに、とてもつらそうな顔だ。
「こ、この本……『ドラッグストアに来れば変わるんじゃないか』、『今よりもっと整腸したいけど、どこからやっていいかわからなくてそのままだ』って思っている人に向けて書かれているんです。お姉さんは、今、お腹大丈夫ですか……?」
『今、お腹大丈夫ですか?』その文脈でその言葉が出せた意味が、店員の青ざめた顔を見た花畑にはすぐにわかった。そして花畑が整腸ジャーニーを手に取るには、十分すぎる一言だった。ただし、本をレジに通して貰う前に、言わねばならぬことがあった。
「どうか、先にお手洗いへ行ってください」
整腸ジャーニーはセイチョウ・ジャーニー(マヨイ・ジャーニー)のパロディです
本編が気になった方はこちら。※本編は真面目に書いてます!!
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